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ギター演奏について:演奏のための基本技術3 [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

クラシックギターで多用される左手のテクニックはセーハーですが
これは、上級者でも綺麗な揃った音を出すのが難しいですね。
セーハ―がある箇所でミスることが多いのでよほど練習しないと
ここでアウトになってしまいます。

特にマイナー系というかフラット系ではスラーが多用されることが
多いので本当に左手が疲れてしまいます。
如何に疲れないかについては、楽譜の見直しでセーハーを減らす方法を
検討して見ることが必要です。

どうしてもセーハーをしないと遅くなる場合には仕方がないのですが
セーハーを用いなくともよいような代替の指使いがあれば検討して
見る方法があります。

ジャズの演奏ではコードが多用されるのですが、不協和音がおおいので
セーハーを使用しないで変な指使いが使用されている場合も多いです。
ボサノバは、不協和音の響きが物凄くエキゾチックなイメージになるので
あまりセーハーをしていない指使いが多いですね。

難しいのは、セーハーは疲れるのですが早く抑えられというメリットが
多く、指使いが簡単になるので疲れない工夫が必要かもしれません。
セーハーのコツとしては、左手の親指と人差し指で指板を挟む動きが
中心になるのですが握力だけで指板を押さえようとしたら、だんだんと
左手の握力が落ちてくるのでどこかで力を抜くような動作も必要だと思われます。




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セーハーのコツは、左手でギターのネックを握るのですが、親指と人差し指で
ネックを挟んで左手をギターの指板の方向に回しながら押し付けるような感覚で
左手の重みを利用するような感じで体重をかけると強い握力がなくても
継続して疲れにくい演奏ができるようになります。

セーハの練習では、Fコードで1フレットをセーハーで押さえて形を作ったら
それから1フレットずつ12フレットまで上昇して、12フレットまで行ったら
今度はまた1フレットまでも戻るような練習を繰り返すことです。
この練習であまり力を入れなくてもきちんと音が出るようになるまで
継続した練習を行うことで楽なセーハーができるようになります。

Fコードのパターンは、結構曲中で出で来るので、似たような形のコードで
練習するとセーハーが嫌ではなくなります。
ギターもいくつかのパターンがありますのでパターンを自分なりに練習して
マスターしておくと類似の動きは楽にできるようになります。

ト長調の曲だったら、3ポジセーハー、イ短調、イ長調だったら5ポジセーハー
など曲の調性により出てくるセーハーが限られているのでこれらを
体で覚えてしまうことが上達の近道になります。




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ギター演奏について:演奏のための基本技術2 [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

ギターできちんとした音を出すためには左指で押さえてから
右指で弾きますが、このタイミングが非常に重要です。
あくまでも左手が先で次に右手が来るという意識を忘れないように
することが非常に大切なことです。

レベルが初級、中級、上級になるにしたがってこの意識が
大変重要なポイントになります。
速いパッセージなどは、焦って早く弾きたくなりますが
そうすると左指がきちんと押さえられていないのに右指で
弾くような感じになりバタバタした演奏になってしまいます。

ギターの楽譜では、同一音を伸ばす「タイ」は、細い線で
メレデイーを伸ばすという指示が与えられますのでこの「タイ」
の記号のメレデイーは決して切れないように、弾いた後に
他の指で音を消さないように注意することが大切です。

また、誤解されやすい記号として「スラー」があります。
例えばスラーがない場合には、3弦で4フレットのシ音と
2フレットのラ音をそれぞれ別々に単音で、弾きます。
「シ」と「ラ」という個別の音が鳴るわけです。

この音がなっている時間は、音符の種類と演奏速度に
より勿論、異なります。




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スラー記号はこの2つの音を円弧でつないだようなものですが
演奏する時には、左手の人差し指(1)と左手の薬指(3)
を同時に押さえてから、右手の人差し指(i)で弾く動作と
左手の薬指で弦を離す動作を同時に行います。

ギターではこのスラーは頻繁に使われています。
単音よりも一度左右の指の動きで音を出すために
柔らかい響きになるからです。

曲中に出てくる経過音では音階(スケール)が使用されることが
多いですが単音の連続では音が単調になるのでスラーと混ぜて
表現されることが一般的です。

バッハの曲ではスラーと単音が併用されている楽譜が多いですね。
音符が鳴っている時間は、単音とスラー全く同じ長さなのですが
スラーは2音であっても弾くのは1回だけなので鳴っている音の時間が
単音よりも短くなる傾向があります。

難しい箇所などでは余計に焦るので単音を2つならすよりもかなり
鳴っている時間が短くなったり、2音の音の長さが異なったりする
傾向になりやすいです。

この傾向があると聴いている人は物凄い違和感を感じます。
このような傾向があると音の長さが不揃いになるので走る原因になり
リズムやテンポ感が狂った演奏になりやすいので注意が必要です。

スラーでは2音であっても1回の動作で2つの音を出さなければならないので
先ほどの事例のように人差し指で押さえている2フレットの指は、
4フレットの薬指が離されるまでしっかりと押さえておかなければなりません。

イメージとして、シーラーという2つのメロデイの長さがスラーになると
シーラとなり後ろの音が鳴っている時間が短くなる傾向が一般的です。
スラーであっても同じ時間でシーラーとなっていることが大事なのです。

バッハの曲を演奏する時にはこのイメージを大切にすることで
聴き手にとって安心するような出来栄えになります。
下手でも構わないのですが、不正確では楽譜の意図と異なりますから
絶対に楽譜に正確に演奏することが大切です。




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ギター演奏について:ギターに関する用語の説明 [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

ギターの用語について解説したいと思います。
知らないと結構、面倒くさいので知っておいた方が良いと思います。

・弦の名称
高い音のミを1弦、次に低い音のシを2弦、次に低い音のソを3弦、
その次はラそして一番低い音がミです。
実際に弾いたときに出ている音は、
楽譜で記載されている音よりも1オクターブ低いのですが、
ト音記号で表した方が見やすいために習慣化しています。
楽譜上で弦を表す記号は、①、②、③、④、⑤、⑥が一般的に
使用されています。

・フレット
基本的に半音刻みでギターの本体に向けて指板上に金属で仕切られた
部分です。ここに右利きの人であれば左手の指で、弦を押さえて
音程を調節します。

音の高さと密接に関連していますが、1フレットで左指で弦を押さえると
半音高くなります。2フレットを押させると全音高くなります。
良く使われるフレットは、5フレット、7フレット、9フレットそして
12フレットです。12フレットでは、開放弦の高さよりも
1オクターブ高くなります。

・指使い
ギターでは、左手の場合、親指は指板の後ろで他の4本指を支える
役割を担っています。
指も弦と同じように人差し指は1、中指は2、薬指は3、小指は4
というように番号で表されます。

弦を弾く右手の場合は、人差し指がi、中指がm、薬指がa、小指がch
親指がpというように簡略されています。

指の役割担当は、親指が基本的に6弦、5弦の低音弦でそれ以外は
中音、高音弦を担当しますが、楽譜の指示に従って使用します。
小指を使うことは極めて稀ですが、使用することもあります。

・右手の指の使い方
クラッシックギターの場合は、右手の爪をある程度伸ばして
爪と指の頭を使って、弦を弾いて音を出します。
基本的には、右手の指の第一関節を曲げる運動で弦を弾きます。

弦を弾いて音を出す方法には2種類あります。
1つはアポヤンドです。たとえば1弦を弾いたときに2弦で指の頭を
止めるような方法でしっかりとした大きな音が出ます。

2つ目はアルアイレです。この方法は、1弦を弾いても2弦までは
指の頭を移動させないで1弦だけを弾く方法です。
メロデイーの表現の方法や音の大きさ、繊細さ、太さなど
多彩な表現者の要求によって使い分けます。

アポヤンド奏法を多用すると雑な感じになりやすいので
アルアイレとアポヤンドを表現したい音のイメージにしたっがて
上手くバランスを取るようにします。

クラッシックギターで面白いメレデイーの演奏方法で
トレモロ奏法というものがあります。
ピックでは、同じ弦をピックで上下に早く動かしてトレモロを
行いますし、バイオリンやチェロでは、弓で同一弦を早くこすります。




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クラッシックギターでは、右手の人差し指、中指、薬指を交互に
アルアイレ双方で連続的に弾きます。
クラシックギターで有名なのは、タルレガの「アルハンブラの思い出」
ですべてがトレモロのメレデイーデ構成されてり、人気の曲で
演奏者の憧れですね。

・左手の使い方
クラシックギターの場合は、エキレキギターやフォークギターのように
指板が薄くないので左指で弦を押さえるには、技術が必要です。
右指よりも左指の方が慣れるまではかなり辛いと思います。

親指を指板の裏側に置いて、他の指を指板を介して支えるような
感覚で、他の指の派手な動きに負けないように支える「縁の下の力持ち」
の役割を担っています。

スムーズな演奏は親指の動きを密接に関連しています。
クラッシックギター演奏では、もちろん左右両方の指が大切ですが
まず、左が必要な場所に次のメロデイーのフレーズが切れないように
移動しなければなりません。

この瞬間的な移動がギター演奏の難しさに関連しています。
ですから速い曲では、移動をあまりしなくても良いように
予め楽譜を良くチェックして自分の演奏技術を考えながら
メレデイーが切れないように指運び(運指)を再検討します。

市販の楽譜の運指は、ある程度参考にしますが、左手の動きで
変なものが結構ありますので、演奏できない場合には
積極的に変更するべきです。

・セーハー(バレー)
ギターでは、左手の人差し指で複数の弦を同時に押さえて
他の指の補助を行うような押さえ方があります。
左手の指は、弦を押さえる指が、4本ですが6弦すべてを同時に
鳴らさなければならない場合が、結構あります。

和音、コードの場合で6弦すべてを鳴らす場合には4本の指では
押さえきれないので人差し指で6本の弦を一度に押さえて
和音の構成音をすべて鳴らすようにします。

この人差し指で弦を押さえる場合には、2本、3本、4本、5本
それぞれの構成音により半分だけ抑えるような半セーハのような
押さえ方も良く行います。

このセーハは、3フレットを押さえる、5フレットを押さえる、
7フレットを押さえる、10フレットを押させるというような頻度が
高くこれらの一般的な名称は、3ポジション、5ポジションなど
フレットの位置をポジションという名称で呼んでいます。

このポジション毎のでセーハーはギター演奏を楽にしてくれる
というメリットがあります。
セーハーの記号は、複数弦に同じ1番の数字が割り振っている場合
これは、セーハーを意味しています。
時には、5ポジセーハーなどの指示がある場合もあります。

ある程度楽譜に慣れてくるとすぐに分かるようになります。
ギターの場合は、兎に角、毎日、たとえ5分でも練習する方が
左手が楽になります。
最初は指先が非常に痛いのですがだんだん、指の筋肉や皮膚が
対応してくるので慣れると全然問題がないようになります。
3か月間は、我慢して練習してください。




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ギター演奏について:聴かせる演奏のコツを教わる大切さ [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

2人めの先生は女性の先生で松岡先生です。
松岡先生には、7年くらい教わりました。

この先生は小学生の時にコンクールで優勝した経歴があり、
お兄さんが、上智大学のマンドリンクラブにいたときに
観客に見えない場所でエキストラとして参加を要請された
という経歴があります。

小柄で金髪に髪を染めているのですが、見かけよりも
非常に真面目で何でもよく知っている情報通でしたね。

個人的なことでも意見を求めると結構、適切なアドバイスが
得られてギター以外でもためになることが多かったですね。

一番役に立ったことは、彼女に習ったことで初めて
人に聴かせられる演奏ができるようになったということです。

それこそ私のギター歴が50年近くありますが、クラシック曲は
何十年たっても弾けない箇所が必ずあります。

これは、技術的に指が動かないあるいは、押さえ方が悪い、
運指が悪いなどいろいろ理由がありますが、弾けない箇所は
自分流ではいつまでたっても弾けるようにはなりません。

彼女のアドバイスで何十年たっても弾けない理由が明らかに
なると不思議に完璧に弾けるようになるのです。
技術的に弾けるようになって
初めて次の段階に進むことが出来るのです。

技術的に弾けるということは、とにかく音が連続して流れるように
なり一応音楽として聞こえるというレベルですが、
これがクラシックギターでは非常に難しいのです。

先生に言わせるとまず、指が動かないという人が非常に多く、
「あなたはギターを弾く能力を持って生まれてきたことを感謝しなさい。」
と私はよく言われて来ました。

弾けるようになって初めて人を感動させる演奏の入り口に立つことができます。
演奏する技術は最終的には聞かせる技術ですから演奏家の指導は
極めて厳しいもので向上心がないとモチベーションが維持できません。
変なプライドは捨てた方が良いのですがこのメンタル面が大変です。




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ギターは6弦で音楽を奏でますが、主として第1弦や第2弦でメロデイーを
担当することが多く、メロデイーを消さないように意識しないと
伴奏ばかりが聞こえて変な曲になってしまいます。

伴奏を担当する弦は、必要最小限の音量で、メロデイーを邪魔しないように
最大限の注意を払って演奏しなければなりません。

なかなかできませんが、この意識を持つことが人に聴かせる演奏にやがて
つながってくると信じて練習することが大切です。

メロデイーを担当する第1弦の音を消さないように意識し伴奏部分はできるだけ
小さくするということを肝に銘じて練習すれば、その結果を得るための
指の動き(運指)を工夫するようになり弾きやすいポジションで弾くためには
どうすれば良いのか考えるようになります。

楽譜に書いている運指は、実際には音楽を壊さない限りは
自由に変更しても良いのです。

実際には、ギターが弾けない音楽家が適当に運指を付けていることが
多いので演奏する前に必ず楽譜についてチェックすることが大切です。

楽譜の話になったので、楽譜の種類についてお話します。
ギターの楽譜は、実際にの音を書いた楽譜(実音は実際の1オクターブ下ですが)
とタブ譜があります。

最近では両方を併記している楽譜も市販されていますが、
練習する時はタブ譜ではなくて実音で書かれている楽譜を参考にして
ください。

タブ譜は、ポジションを確認する程度ですので
極めて大雑把な表記になっています。
実音とタブ譜の両方を見ることでポジションとどの弦で演奏するのかが
分かるので、ギタ―を始めた場合には、実音で書かれた楽譜を読めるように
努力してください。

最初は大変かもしれませんが、右脳が学習してみただけでギターの指板の
イメージが浮かぶようになります。
そうなると楽譜だけで演奏することができるようになります。

あの禁じられた遊びのナルシソ・イエペスは、コンチェルトの楽譜を見て
初演を行ったという話があるくらいですから楽譜を読めるようになることが
如何に重要なことか分かっていただけると思います。

ギターの楽譜を見ただけで読めるようになることには大きなメリットが
あります。
タブでは分からないメロデイーや伴奏のスタイルが一目で理解できるので
楽器屋さんや書店で新しい楽譜をチェックする時に演奏した時の音楽が
聞こえてくるようになります。
これは右脳の働きによるものだと思われますが、執筆者の編曲のレベルや
好き嫌いの判断も自然にできるようになります。

ギターがなくとも購入した楽譜を見ているだけで演奏している気分に
浸れますので是非とも実音で書かれた楽譜を読めるようになってください。
ギターの楽譜が読めること及びコード(和音)を覚えることで
ピアノの楽譜でも左手で和音を弾き、右手でメロデイーを弾けば
それなりの演奏ができるようになります。

また、メロデイーとコードが付いた歌用の楽譜が数百曲入っているものが
販売されています。
この楽譜を購入すれば、ギターでもピアノでも直ぐに歌の伴奏もできますし、
自分でカラオケの前の予備練習にもなります。
楽譜で練習する方がカラオケよりもリズム感が遥かに良くなります。

フォークソングなどは、歌詞とコードしか記載されていない楽譜も
販売されているくらい、自分でメロデイーが分かっている曲ならば
弾き語りも直ぐにできるようになります。
これがギターの強みですね。

プロのピアノの先生でもコードを知らない人が多く、
メロデイーとコードだけしか書かれていない楽譜をわたされても
全然弾けない人がいることに関しては驚きます。

昔、仕事が終わって大学の同級生に近くでスナックで飲んだことがありました。
今の様にカラオケがそれほど普及していなくて、生のピアノ伴奏で歌うことが
多かったのですが、完全なピアノの楽譜、つまり左右の手で弾けるように書かれた
楽譜以外は演奏ができないので間違った演奏をしているピアニストがいました。

その女性は、次の日が演奏会で演奏するというようなことを言っていましたから
当然プロフェショナルな音楽家だったわけです。
今でもコードが分からないピアニストが多いので、コードが分かるギターリストは
少し練習すれば立派なピアニストになれると思います。

実際に、ジャズピアニストもそうですし、コードとメロデイ―譜だけで演奏している
ピアニストも増えてきましたね。
結構式などでBGMを演奏しているピアニストの楽譜を後ろから覗きこんだら
メロデイーとコードだけの楽譜でした。




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ギター演奏について:一流のプロに教わることの大切さ [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

大学でのクラブ活動では、結局、コントラバスだけしか担当できなかったので
ギターについては入部した時の数か月間だけ先輩に始動した頂いただけです。
クラブに所属して他人のギターを借りて見よう見まねで演奏していました。

クラブのギターパートに物凄い弾ける後輩が入って来まして、
彼の影響により、ギターの演奏技術や曲などの情報は入ってくるようになり、
これがギター演奏技術の向上のきっかけになりました。
とにかくどんな曲でも弾くことができるので見ているだけで物凄く
刺激になり勉強にもなりました。

でも技術的にはかなり馬鹿にされましたが、特にリズム感の面で
ダメ出しを食らいました。
それでもギターパートではない割には、最初はかなわなかった先輩達よりも
演奏技術は、彼のお蔭で随分上手になり完全に追い越したとわれながら
思っております。

ギターに関しては、京都でも神戸でもショップがあるので機会があれば
遊びに行ってギターを弾かしてもらったりしました。
その時に店員から必ず言われたことがありました。
「そこまで弾けるのならば、プロに習ったほうがいいよ!」
ということでした。

でもプロに習うのは、それから10年以上もたってからでした。
費用面とか時間とかの都合があり、なかなか学生の時は都合が付かず
断念していました。
しかし、ギター教室に見学に行って先生と知り合いになり、
有名なギターリストの演奏会では良く顔を合わせて挨拶させていただきました。

その当時は、菊池真知子とうギターリストが人気で、今の村治佳織くらいの
人気ナンバーワンのギターリストでした。
菊池真知子さんは今でも現役のギターリストとして活躍しているようで
ファイスブックでも確認することが出来ました。

なんでもそうですが、独学というのは習い事でもビジネスでも趣味でも
プロに習うことが上達の近道ですね。
場合によってはプロの演奏家でさえ先生の指導を受けていますから、
知り合いのフルート奏者は年に1回はイタリアの先生の指導を受けるようで
費用も気力も大変だと思いますが、芸術ではきりがありません。

レベルが上がるほど先生の指導が必要だと思われます。
ギターだけではなくどの楽器も演奏するための技術の習得は
時間がかかりますが一生をかけて色々な技術を
深めていかなければならないと思います。




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私は、ギターの先生は2人いましたが複数の先生に教えていただく
ということは大変に意義があると思います。
演奏技術が上がってくれば来るほど、先生の助言が向上には
役に立ちます。

ギターでは、6本の弦を使ってメロデイーと伴奏を兼用しなければ
ならないのでピアノのように左手と右手を分けて役割を分担する
ことができません。

そしてピアノのようにペダルがないので音を切れないように
響かせ続けることが機能的に不可能です。
この楽器の性質を理解するということが本当に需要です。
一流の演奏家で聴衆を魅了するプロフェッショナルは
本当にギターの技術的なことを理解しています。

気に入った先生がいれば絶対に先生の指導を受けた方が良いです。
アドバイスに従って練習課題を自分で見つけて、次のレッスンまでに
間に合わせるようにすることは非常に大変ですが
独学で客観的に自分の演奏が如何に酷いのか分からずじまいに
なっているアマチュアギターリストが多いのも確かです。

先生に習うということは費用、時間、先生との相性もあり
自分にとってベターな人を日頃から探す努力は必要です。
演奏技術で指を動かすということに関しては、
一人目の熊谷の長谷川先生の指導を受けてから随分進歩しました。

それこそ何十年も弾けなかった箇所をたったの30分のレッスンで
弾けるようになりましたからやはりプロは凄いなと感心しました。
例えば、モーツアルトのピアノ曲で「トルコ行進曲」というのは
物凄く有名でギターに編曲されているものがあります。

速い指の動きが要求される難曲ですが、その速い動きが2つの弦に
わたっる箇所があるのですが、これが中々上手く弾けません。
また、ギター特有のスラーと直弾きがあり、これを連続することが
最も難しいギターの技術です。

スラーは色々なタイプがありますが、1本の指で固定してから
弾くという動作が必要で、早く弾きたいと焦るために固定した指も
弾く指と同じように動かしてしまうと音がミスります。

それに速いパッセージでは、指を交互に動かさないと速い音符に
対処できないのですが、速く弾こうとするお焦って指がもつれてしまいます。
ギターで速弾きができるようになるには、指の交互の動きがスムーズに
できるようにするための動きをマスターするにはゆっくりと確実に
弾けるように練習することが不可欠です。

弾けている気になっても速度を半分くらいにして100%の確率で
確実に弾けないと当然のことながら早く弾くとミスります。
当たり前のことですが早く仕上げたいと思えば思うほど
ドツボに嵌り、結局のところ一生かけても完成しません。

技術に関しては教則本で書かれていることを確実にマスターする
ことが上達の早道です。
基本を大切に地道に仕上げていくことが最も大切な上達方法です。




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演奏旅行の思い出 [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

クラブ活動で面白かったのは、避暑地でも合宿や演奏旅行でした。
コントラバスは運ぶのが面倒で自分の責任で自力で運ばなければ
ならないのが結構大変でしたが、壊すと話にならないので
必死で一生懸命に運んでいました。

貧乏学生でしたから、合宿や演奏旅行に必要な費用を親に援助
してもらう交渉が大変でした。
クラブ活動をしていると研究室での実験があるのでアルバイトをする
時間が全くありません。
そうすると必要な学費や生活費はすべて親からの援助に頼るしかありません。

研究室の先生にも嫌味を言われましたが、たまたま教授が顧問だったので
なんとか大目に見てもらいました。
親には金銭的な面では申し訳ないと思っていました。
でも開き直れば、京都府立大学は、国立の京都大学よりも授業料は
かなり安いし、全国の大学でも最も学費が安かったので冷静に考えれば
親としても別に大したことはなかったと思っています。

お袋は化粧品の販売でかなり稼いでいましたし、私が休めるときは
お袋の鞄持ちをして一緒に営業をしていました。
クラブ活動は、大学院を終了するまで継続していました。

さすがに大学院では神戸から京都まで毎日、阪急電車で通いました。
当時としては有り難いことにほぼ十分な奨学金が貰えましたから
非常に助かりました。
でも研究室の教授には嫌味を言われました。
本当に裕福な家庭であれば、おそらく一浪でも二浪でもして医学部に
進学していたのではないかと思うくらい同級生は医者が多かったです。

医者だったら定年退職はないし、思い切って親に頼み込んで医者に
なればよかったかなと同級生を見るたびにすこしだけ後悔はします。




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合宿には、あちらこちらに行ったのであまり記憶がありませんでしたが
記憶があるのは、徳島の日和佐(現在は、美南町になっています。)
と長野市の善光寺の近くの民宿だったと思いますが2つだけです。

コントラバスのパートは、さほど難しい部分がないので、合奏練習で
指揮者の合図を見逃さなれば、怒られることがないので気楽でしたね。
他のパートに行って冷やかしたりしていました。

コントラバスは、大きい楽器で音が出るのが小さな楽器よりも
遅いので微妙に少しだけ速く始動をさせるように弓の使い方を
操作します。本当に微妙で上手く始動させないとコントラバスの
音だけが遅れてお客さんの耳に入るので物凄く気持ちが悪くなるのです。

ですからコントラバスの練習は、音階を正確に出すことを音を
他の楽器と同じタイミングで鳴らすようにすることが
最も大切なことでした。
この基本ができていないと合奏になりませんのでこの点については
かなりの基礎練習と応用練習をしました。

チェロの独奏曲で有名なサンサースの「白鳥」がありますが
この練習を徹底的に行いました。
コントラバスで演奏するのは、左手の移動距離が非常に大きいので
音を外しやすく、ポロでもボロが出るので滅多にやらないと思います。
でもコントラバスの独奏曲は少ないので貴重なレパートリーには
なっているようです。

また、サンサーンスの動物の謝肉祭の5番目の曲「象」も有名で
コントラバス奏者は、必ず演奏会で演奏する貴重な曲です。
コントラバスでもコンチェルトもありますが、練習用に一部だけ
切り取って練習することもたびたびありました。

コントラバスは特殊な楽器ですので常に基本的な演奏技術を
鍛えていないと音を外しやすく、遅れやすいので独奏曲を
しっかり練習することが最も効果的でした。

合宿以外に記憶があるのは、演奏旅行でしたね。
何回かお邪魔したことがあるのですが、岡山県の紡績工場に
演奏旅行をに出かけることが多かったですね。
若い女性の工員さんが多く、娯楽が少ない時代だったのでしょう。

本当に大歓迎で女工さんと同じ食堂で食事したことを覚えています。
でも一番つらかったのは楽器を肩に担いで坂道を登ることでした。
うっかりでも落としたら大変なことになるので物凄く気を使いました。

司会者は。マンドリンパートの先輩で、演奏会場でコントラバス
のパートを担当している私をからかうような表現が多かったことが
記憶に残っており、参加者の女工さんに大うけでした。

45年以上前のことですが、イメージとしては演奏旅行や合宿のことは
今でも残っている部分があるので人間の記憶力は凄いですね。




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大学における音楽生活 [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

京都府立大学に進学した時には、1年浪人するよりも
とにかく大学に入学して1年後に京都大学を受けなおすつもり
だったのですが、大学生になると実際にはそんなに甘くはありません。
大学の授業も高校の授業とは比べると厳しいし、授業に出なければ
直ぐに落第してしまいます。

結局、普通の大学生の大学生活を送ることになりました。
中学時代の友人の刺激でギターを弾くことの楽しさを味わったので
大学のクラブ活動でギターをきちんと教えてくれるギター・マンドリンクラブ
に入部することになりました。

ほとんど弾けない初心者だったので本格的にギターを習うことが
本当の目的だったのですが、入部してから低音部の強化のために
コントラバスを導入することになり、私が指名されることになりました。

もっともらしい理由が、音感が優れていること、伸長があること
でしたが、他にやり手がいないということが本当の理由だったと思います。

コントラバス担当ということは、まだ1人だけのパートだっとこともあり、
気楽で気兼ねが要らないし、後輩の指導も不必要ということでしたが
移動する時は、学生でお金がないので自腹を切って楽器を運んでいました。
結構大きいし、重たいので坂道を運ぶときは本当に大変でした。

コントラバスは、バイオリン、チェロ、ビオラのようにフレットがない
ので、まず音階を弾けるまでにはかなりの練習をしないと行けません。
クラブとして大学から助成金が出るわけではないので習いにも行けません。




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教則本代だけなんとか自分で工夫して、独学で練習しました。
楽器の調弦は、ギターの低音部分の4つの弦とまったくおなじで、
最も太い低音弦が「ミ」次が「ラ」「レ」「ソ」というように合わせます。
弦の呼び方は、高い方から1弦、2弦、3弦、そして4弦です。

音が低いので慣れるまでは本当に大変で音叉を使って「ラ」の音を出して
3弦の音を「ラ」に合わせますが、音が低すぎるので慣れるまでは
1オクターブ高い弦長の半分のところに左指を当てて、弾いたときに
素早く話すとハーモニックスあるいはフラジオレットという
倍音が出ます。

このハーモニックスの音を基準にして各弦の調弦をします。
この方法は、ギターでも同じで、最初に音叉で440ヘルツの基準音
の「ラ」に合わせてから、ハーモニックスの音を頼りにして合わせていきます。

ギターで一番太い弦が6弦ですが、5ポジション(5番目のフレット)
の金属部分の弦に軽く指を当てて、弾弦して直ぐに話すとハーモニックスで
丁度半分の位置になるので倍音の「ミ」が出ます。

第5弦の7フレットのハーモニックス音は、「ミ」になります。
この「ミ」は、第6弦の5フレットのハーモニックス音と同じです。
この方法で第6弦と第5弦を調弦します。

次は、第5弦と第4弦を合わせます。
第5弦の5フレットのハーモニックス音は、「ラ」になります。
この音は、第4弦の7フレットと同じ「ラ」です。

これを糸巻きを調整しながら同じ高さになるように合わせます。
これで第6弦、5弦、4弦の調弦ができたことになります。

次は第4弦の5フレットのハーモニックス音が「レ」です。
この音は第3弦の7フレットのハーモニックス音と同じ「レ」です。
この2つの弦を合わせます。

これで6、5、4、3弦の調弦ができたことになります。
第3弦と第2弦のハーモニックス音で合わせるには、
第3弦の4フレットの「シ」の音と第2弦の5フレットの「シ」が
同じ音なので合わせます。

しかし、このハーモニックス音は微妙で上手く出ないので
実音で第3弦の「シ」と第二弦の開放弦の音「シ」を
合わせる方が楽です。

最後の第2弦の5フレットのハーモニックス音「シ」
と第1弦の7フレットのハーモニックス音「シ」を合わせてすべての
弦の調弦が終了しました。

本当に面倒くさいですよね。でも昔はこの方法で調弦していました。
コントラバスでも全く同じで、6、5、4、3弦をハーモニックス音で
合わせていました。

このハーモニックス音はどのような弦楽器でも同じで、演奏にも
結構使用されることが多いです。




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ギターを始めたきっかけ [音楽]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

私の中学生の頃の音楽は、ビートルズ、ベンチャーズ、
グループサウンズでのようなグループでギターを多用した
音楽が非常に流行しました。

それからというものギターを弾けるということが
女の子にモテルということで男子はこぞってギターを
練習するようになりました。

その当時は、ギターが若者のあこがれでした。
たまたま高校1年生のときにクラスでギターの上手いやつがいて
クラスで「禁じられた遊び」を演奏してくれました。

ナルシソ・イエペスが映画で演奏した曲ですが
日本で大ヒットしたことは誰でも知っている曲でした。
スペイン民謡で作曲者不詳ということでしたが、
随分してから息子さんが「実は親父が作曲した」
と言っていましたが、その時に「ヘエー」と驚きました。

今では記憶だけなのでどれほどの演奏技量なのか分かりませんが
クラシックギターなんて聞いたことがなかったので驚きました。
当然クラスのみんなも感動して彼は人気者になりました。

考えてみれば、彼はいつでもクラッシック音楽を鼻歌で
歌っていたことを思い出します。
あの当時は、珍しかったので不思議でしたが
両親が音楽家だったのかもしれません。




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通っていた神戸高校には、オーケストラ部があり、
馬術部もあるという普通の高校にはない不思議なクラブが
ありました。

現在では世界的に有名な「村上春樹」も1年先輩でいたこと
が最近分かったくらいで、卒業生の中には有名人がたくさん
いることが分かっています。

それから大学生までの間にフォークソングブームが来て
そのころに活躍したシンガーソングライターが今でもテレビに出て
俳優で頑張っている人もいます。
 
私は、いわゆるベビ―ブーム世代で、団塊世代と言われています。
人数が非常に多く、いろいろな業界、学会でも活躍している人が
多い世代です。

また、音楽でも今までとは異なった傾向を作り出した世代でもあり、
学園紛争が非常に盛んで東大紛争、浅間山荘事件など現代の若者には
考えられない世代ですね。

ギターは若者にとっては憧れの楽器で比較的安価に購入できるので
誰でもが手に取っていましたが、見た目ほど簡単ではなくて
左手で弦を押さえ、右手で弾くということは非常に難しく
直ぐに嫌になってしまい、ギブアップする人が続出しました。

私は、高校の時からギターが上手い同級生の影響もありましたが、
レベルが違い過ぎるので諦めていましたが、たまたま中学時代の
同級生が高校の近くに住んでいたので良く遊びに行きました。

彼が、簡単なギターの弾き方を教えてくれたのがきっかけです。
今で言う、「コード演奏」ですが、コードを覚えればどんな曲でも
演奏できるということを目の前で見せてくれて感動しました。

歌は、非常に好きで良く歌っていましたから、ギターが伴奏に
使えるということから必死で練習しました。
当時もグループサウンズ全盛時代でしたからなんとか
一人前になろうと毎日練習していました。

団地に住んでいましたので良く響くコンクリートで囲まれた
駐車場で練習して気分が良かったことを覚えています。
楽しかったですね。

この楽器を弾くという楽しみが現在に至る音楽することの
趣味に繋がっているのだと思います。




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就職してからの野球の思い出 [スポーツ]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

京都の大学・大学院を修了してから直ぐに
群馬県の伊勢崎市の木材関係の会社に就職して中央研究所に
赴任しました。
就職した動機は、研究生活ができることが一番でしたが
その時の研究所長が京大の野球部出身で、会社でも野球ができる
ということも大きな理由でもありました。

実際に、就職してからも暫くは、会社がある工業団地内の会社と
練習試合をしていましたし、地域の草野球大会にも出場していました。
工業団地にある企業は一部上場企業の向上や研究所が多く、
そこの野球部は、甲子園に出場したという強者も多く、まともには
とても歯が立たない連中でした。

研究所長が投げたり、私が投げたりして勝ち負けは別として
本当に楽しかったという思い出がたくさんあります。
でも3年くらい経過して研究所長が転勤で東京の営業部長で
いなくなってしまい、野球部は自然消滅してしまいました。

研究所がある同じ敷地に群馬工場があり、群馬支部として
社内のレクレーション活動が時々あったくらいで野球部という
スポーツ活動は全くありませんでした。




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3年ぐらいたったときに全社的にレクレーション活動を推進する
という本社の方針が打ち出され、北海道、東北、新潟、群馬、大阪
広島そして福岡、熊本でそれぞれの支部としての活動を支援する
という動きが活発になってきました。

そのおかげで、群馬支部が最も人数が多く、若者も多かったので
野球部ができました。
この野球部ができたことで初めて本格的な野球活動ができました。
会社の近くには運動公園があり、テニスコートと野球場が2面
あり、毎日の昼休みには野球の練習ができました。

当然のことながら私も30歳そこそこでしたので投手をしました。
毎日昼休みにバッテイング投手として投げ込んでいたので
体重も60キロ台で今よりも随分痩せていました。
それこそ食べ過ぎて70キロにでもなろうものならダイエットで
60キロ台まで必死になって落としたものです。

今から35年くらい前のことですから運動不足は辛いですね、
でもその時は真面目に練習をして試合の結果も良くて
勝ち抜いて市民球場での試合も行いました。

あまり正確な記憶はありませんが、野球部は6年間くらいは
続いたような気がしますが、メンバーが40歳に近くなると
段々と参加者が少なくなり、若手が入って来ても野球をする人が
いなくなり結局、自然消滅してしまいました。

野球の投手の寿命は短いですね。
自分ではまだまだ大丈夫だと思っても周りがそうではないと
判断するので出番がなくなってしまい結局、他のポジションでは
面白くないので引退することになってしまいます。

会社の野球部が自然消滅してからは、ほとんど野球はしなく
なりましたし、結果として5キロ、10キロ、15キロと
段々と体重が増えました。

大変ですからそろそろダイエットしなくてはといつも思って
いる今日この頃です。




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大学時代の野球の思い出 [スポーツ]

こんにちは!

埼北ギターリストです。

大学では、野球部には入りませんでした。
しかし、京都府立大学にいましたので、下宿で休みの時には
グローブを持って自転車であちこちの公園を走り回って
野球に入れてもらいゲームをして楽しんでいました。

京都も草野球が盛んで、正式にチームには所属していませんでしたが
臨時でチームの誰かの名前を借りて出場することが結構ありました。
要するに無償のゴースト選手で投手で投げることが結構多かったですね。
たまに野球をするくらいでしたから体力的には全く問題がなく
楽しんで野球を続けることが出来ました。

大学での学部は、理科系で実験が多かったのであまり運動は
しませんでしたが、時々京都大学の研究室の連中とグラウンドで
野球をしました。
京大の研究室では、大学院の博士課程を修了したオーバードクターと
呼ばれている人がいまして、彼らは研究だけでなく野球も上手な
人が多かったですね。

緩いカーブ(鉢巻カーブ)と呼ばれているボールを思い切り
叩かれホームランを打たれたことが何回もありました。
結構、ストレートでは、三振を取っていたのですが、
緩いカーブでも切れが悪いと打たれまが、ストレートと上手く
組み合わせると非常に効果的で三振が上手く取れました。

野球の面白さは、テニスを始めるまでは分かりませんでしたが、
テニスを始めて、テニスの面白さが分かってからは、かえって
野球の面白さに改めて気が付きました。

投手に拘っていた理由が分かりました。野手よりも投手の方が
打者との駆け引きがたまらなく面白いということです。
これは逆に言うと打者の面白さでもあると思います。




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所詮、素人ですから物凄い直球や変化球が
投げれるわけではないので、ホームベースを基準とした
横幅と高さからなるストライクゾーンを上手く使って
ストライクからボールになるようなカーブは非常に
有効できっちりと空振りが取れます。

自分が打者のときに悔しいですが、ストレートだと思って
バットを出したらボールゾーンに曲がったり落ちたりしたら
とてもバットは止まりません。
やっぱり振ってしまいます。

投手にとっては強打者は、「また打たれるのか」と思い
恐ろしくなりどうしても真っ向勝負という事はなかなかできません。
本当に強打者というものは上手く打つものです。
ぶんぶん丸で振りまわしてくれれば良いのですが
際どいボールは振らないし、ファールにされるので
投げるボールがなくなり、最終的には根負けして打たれたり
フォアボールを出して、自滅しまうことに繋がります。

投手をしていてツーアウトで満塁という場合は、何回もありますが
いまだに夢を見て手に汗を握るということがあります。
非常にプレッシャーがきつく逃げ出したくなりますが
ここで簡単に逃げ出せば、次の登板の機会が少なくなるので
頑張るしかありません。

でも逆に考えれば、打者も相当なプレッシャーがかかっているし、
打率から考えれば、絶対に投手の方が有利です。
要するに客観的にデータで判断すれば、3割打者というのは
物凄い打者なのですが、7割は打ち取られている訳です。
ですから投手が平常心で打者と対決すれば7割は勝てるという
計算になるわけです。

でもいくら確率的に上手くいくと言ってもやはりプレッシャーは
並大抵ではありません。
このような投手と打者の駆け引きが、病みつきになり
投手に拘ったということを昔は意識しませんでしたが、
テニスを始めたおかげで投手の駆け引きが面白いから
投手になりたかったのだということが今更ながら分かりました。




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